活性酸素による遺伝子変異の具体例

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 活性酸素種が、大部分のがんにおいて、遺伝子変異の直接の原因である、と説明しても、活性酸素種の怖さについて認識のない人は、いまだにその説明を信じようとしない傾向がある。その背景として、活性酸素種が生体内で実際に存在することが発見されたのは1969年(:この年、SODが発見された)であり、さらに活性酸素種によって遺伝子に変異が起きることが発見されたのが1980年代後半(:8OHdGの発見)になってからという事情がある。活性酸素種に関心の高い研究室は、それらの成果をすぐに教育にも取り入れたと考えられるが、一般の研究室では、学界で活性酸素に関する共通認識が広がるまでに時間が経過したと考えられる。なお、炎症によって活性酸素が生成されることが発見されたのは、1973年である。
 そのため、活性酸素種による遺伝子変異について、大学等で教えられるようになったのは、さらにその10数年後の21世紀に入ってから、ではなかったか。言い換えれば、20年以上前に大学を卒業した学生院生(:現在は50代以上の医師)は、遺伝子に対する活性酸素種の脅威を知らないままである可能性がある。ネットで公開される記事等を見ても、医師という資格でがんの原因を説明する際に、活性酸素種の役割をほとんど無視して解説している事例が多い。そのため、がんの前兆として慢性炎症があることを知っていても、慢性炎症で活性酸素種が多く放出されること、その活性酸素種により遺伝子が変異を受けること、に発想が及んでいないのである。ほとんどのがんに共通するのは、慢性炎症で生成する活性酸素種が直接の原因で遺伝子変異が起こること、そのため共通して野菜に含まれる抗酸化成分が、遺伝子変異を抑制すること、さらには野菜ががんの予防に有効であること、を現場の医師たちもよく知っておいてほしい。ここでは、そのように活性酸素種の恐ろしさを知らない人たちのために、活性酸素種による遺伝子変異の具体例を示すことにする。

ドライバー遺伝子変異

 ドライバー変異は、細胞の増殖を促進する「がん遺伝子」や、増殖を抑制する「がん抑制遺伝子」などに生じ、細胞のがん化を強力に推し進める。この変異によって、細胞は無秩序に増殖するようになり、がん特有の性質を獲得する。具体的には、がん遺伝子の活性化変異: EGFRやHER2などの遺伝子が変異し、細胞増殖を促すシグナルが常にオンの状態になる場合と、がん抑制遺伝子の不活性化変異: p53やRB1などの遺伝子が変異し、細胞増殖を止めるブレーキの機能が失われる場合とがある。これらのドライバー変異は、がん細胞の生存にとって不可欠なため、「分子標的薬」という特定のドライバー変異を標的とする治療薬の開発が進んでいる。
ドライバー遺伝子の例としてEGFR(Epidermal Growth Factor Receptor) について述べる。EGFR は、細胞の表面にあって、特定の成長因子(EGR)を受け取るアンテナの役割を持つタンパク質である。正常な細胞の表面には、EGFRというアンテナのようなタンパク質が存在する。このアンテナに、EGF(上皮成長因子)などの特定の成長因子が結合すると、細胞内に「増殖せよ」「生き残れ」というシグナルが送られる。これは、古くなった細胞を新しくしたり、傷ついた組織を修復したりするために不可欠な、体の正常な「スイッチ」機能である。しかし、EGFR遺伝子に変異が起こると、このスイッチが常に「ON」の状態になってしまい、その結果、成長因子からの指令がなくても細胞は無秩序に増殖し続け、がん化につながることになる。

EGFR遺伝子変異の具体例

 EGFR遺伝子における代表的な点突然変異と複数の塩基欠失変異の具体的な例は、以下の通り。
点突然変異の具体例: L858R変異
* 変異名: L858R
* 場所: EGFR遺伝子のエクソン21
* 内容: 858番目のアミノ酸をコードする塩基配列が変化し、アミノ酸がロイシン(L)からアルギニン(R)に置き換わってしまう変異。たった1つの塩基が入れ替わることで、タンパク質の構造と機能が大きく変わり、増殖のスイッチが常に入った状態になる。
 活性酸素による点突然変異は最も生じやすい変異である。例えば、8OHdG という物質があり、これは、DNAの塩基のグアニンに、活性酸素種のヒドロキシラジカルが結合したあと、DNA修復系により切り出されて、尿中にでる物質である。この物質は日常生活の中でも、常時検出されるので、我々の身体では、日常的に活性酸素種によりDNAが攻撃を受けていることが分かる。尿中に出てくるということは、DNA修復系が機能している証拠であるが、がんになる場合には、慢性炎症で発生する活性酸素種が、DNA修復系では修復できないほど多く発生するので、変異が修復されずにゲノム中に蓄積することになる。その変異が検出された事例が上記のL858R変異である。

複数の塩基欠失変異の具体例: エクソン19欠失
* 変異名: エクソン19欠失 (Exon 19 Deletion)
* 場所: EGFR遺伝子のエクソン19
* 内容: エクソン19の領域にある9個から24個の塩基がごっそりと抜け落ちる(欠失する)変異である。これにより、作られるタンパク質のアミノ酸配列が変化し、L858R変異と同様に、受容体が常に活性化した状態になる。 これら2つの変異(L858Rとエクソン19欠失)は、EGFR遺伝子変異陽性の非小細胞肺がんにおいて最も頻度が高く、「コモン変異(Common Mutation)」と呼ばれている。EGFR標的薬の多くは、これらの変異を主なターゲットとして開発されている。
活性酸素が塩基欠失を引き起こす仕組み
* DNAへの直接攻撃:活性酸素は非常に反応性が高く、細胞内のDNAを直接攻撃する。特に、DNAの塩基部分(特にグアニン)や、DNAの骨格である糖(デオキシリボース)を酸化させる。
* DNA鎖の切断:この攻撃により、DNAの一本鎖だけが切れる「一本鎖切断」や、より深刻な「DNA二本鎖切断」が発生する。
* 不完全な修復プロセス: DNA二本鎖切断は細胞にとって致命的な損傷であるため、緊急の修復システムが作動する。しかし、この修復が不完全である場合に欠失が起こる。
* 修復時の欠失: 特に「非相同末端結合(NHEJ)」と呼ばれる応急処置的な修復機構では、切断されたDNAの末端をきれいにしてからつなぎ合わせる過程で、損傷部分を含む複数の塩基が削り取られてしまうことがある。したがって、活性酸素による酸化ストレスは、DNAに二本鎖切断という深刻な傷を作り、その修復エラーを通じて複数の塩基欠失を引き起こす重要な原因の一つと言える。

TP53遺伝子の変異

 がん抑制遺伝子は、細胞増殖のサイクルを適切にコントロールしたり、DNAに生じた傷を修復したり、修復不可能な細胞を自死(アポトーシス)に導いたりする、「ブレーキ」の役割を担っている。その代表例がTP53遺伝子である。TP53遺伝子は、その重要性から「ゲノムの守護神」とも呼ばれている。この遺伝子が作るp53タンパク質は、細胞内のパトロール役として、DNAに損傷がないか常に監視している。DNA損傷の検知と修復: DNAに傷が見つかると、p53タンパク質は細胞分裂のサイクルを一時的に停止させ、修復チームがDNAを治すための時間を作る。アポトーシスの誘導: もしDNAの損傷がひどく、修復不可能だと判断した場合は、細胞に自死を命じ、がん細胞になるのを未然に防ぐ。
 TP53遺伝子に変異が起こると、このブレーキシステムが機能しなくなり、DNAに傷がついた異常な細胞が、修復されることも排除されることもなく増殖を続け、がん化につながる。
 活性酸素はDNAに特徴的な「分子の指紋」を残す。それは、グアニン(G)を酸化させて「8-オキソグアニン」という傷を作り、これが原因で最終的に塩基が GからTへ置き換わる(G→Tトランスバージョン)というタイプの点突然変異である。この「G→T変異」という指紋を手がかりに、活性酸素の関与が強く示唆されている代表的な事例を次に示す。
1)肝臓がん(B型・C型肝炎、アフラトキシン)
 背景: B型やC型肝炎ウイルスの持続的な感染や、カビ毒の一種であるアフラトキシンへの曝露は、肝臓がんの強力なリスク因子である。これらの状態では、肝臓で慢性的な炎症が続き、免疫細胞などから膨大な量の活性酸素が長期間にわたって放出され、極めて高い酸化ストレスにさらされる。
 分子レベルの証拠: これらのリスクを持つ患者の肝臓がん組織を調べると、TP53遺伝子の特定の場所(コドン249番目)に、非常に高い頻度でG→Tの点突然変異が見つかる。
 結論: この「コドン249のG→T変異」は、アフラトキシンとウイルス性肝炎による酸化ストレスが引き起こした、まさに「分子レベルの犯行声明」と言える。特定の原因(慢性炎症による酸化ストレス)が、特定のがん抑制遺伝子(TP53)の特定の場所に、特徴的なタイプの変異を引き起こしたことを示す典型的な事例である。
2)肺がん(喫煙)
 背景: タバコの煙は、ニトロソアミンのような化学的発がん物質の宝庫であると同時に、吸い込むことで肺の組織に直接的な酸化ストレスを引き起こす、活性酸素の主要な発生源でもあります。
 分子レベルの証拠: 喫煙者の肺がん組織で見つかるTP53遺伝子変異を網羅的に解析すると、その種類は様々であるが、他の種類のがんと比較して、G→T変異の割合が際立って高いことが知られている。
 結論: 肺がんにおけるTP53遺伝子の変異パターンに「G→T」という活性酸素の指紋が色濃く残されていることは、タバコの煙に含まれる活性酸素や、それによって引き起こされる慢性的な炎症が、がん抑制遺伝子の機能を破壊し、がんを発生させる主要な原因であることを強く裏付けている。

 その他の主要なドライバー遺伝子 KRAS, BRAF, PIK3CA, AIK, APC, PB1, PTEN などについても、その遺伝子変異が活性酸素によることが明らかにされている。