2025/08/19
がんが慢性炎症の発生部位で起きることは、現在では科学的に確立されている。19世紀にドイツの病理学者ルドルフ・ウィルヒョウが「がんは治らない傷の部位に生じる」と提唱して以来、150年以上にわたる研究の積み重ねによって、慢性的な炎症が、がん発生の強力な引き金であり、進行を促進する「土壌」となることが明らかになっている。がんが慢性炎症の起きている部位に発生することを示す具体的な事例は数多くあり、現代医学では広く確立された事実となっている。
なぜ炎症ががんを引き起こすのか?炎症は本来、傷ついた組織を修復したり、病原体を排除したりするための正常な防御反応である。しかし、この反応がダラダラと長期間続く「慢性炎症」の状態になると、状況は一変する。
1)活性酸素による遺伝子変異の誘発
* 炎症が起きている場所には、病原体などを攻撃するために免疫細胞(好中球やマクロファージなど)が集まる。
* これらの免疫細胞は、武器として活性酸素(ROS)を大量に放出する。
* この活性酸素が、近くにいる正常な細胞のDNAまで無差別に傷つけてしまい、がんの直接的な原因となる遺伝子変異を引き起こす。
2)細胞分裂の加速による、がん化の促進
* 炎症は、傷ついた組織を絶えず修復しようとするため、その場所の細胞分裂が活発になる。
* 傷ついた遺伝子を持つ細胞が、この活発な分裂の波に乗って増殖することで、がん細胞が生まれるリスクが著しく高まる。
3)がん細胞の増殖と生存を助ける環境の創出
* 炎症のある場所では、「炎症性サイトカイン」と呼ばれる様々な物質が放出される。
* これらの物質は、がん細胞自身の増殖を促したり、がん細胞が生き残るのを助けたり、がんに栄養を送るための新しい血管(血管新生)が作られるのを手助ける。
* つまり、慢性炎症は、がん細胞が生まれるだけでなく、育ちやすい「快適な環境」まで提供してしまうのである。
がんが慢性炎症の部位で発生する事例を以下に3例挙げる。
1)胃がん(ピロリ菌感染による慢性胃炎)
* 炎症の原因: ヘリコバクター・ピロリ(ピロリ菌)の持続的な感染。
* 慢性炎症: ピロリ菌が胃の粘膜にすみつくと、体を守ろうとする免疫反応が常に働き続け、数十年にわたる慢性胃炎の状態となる。
* 発生するがん: 胃がん。
慢性胃炎の場所では、免疫細胞が放出する活性酸素などによって、胃の粘膜細胞の遺伝子に傷が蓄積します。同時に、傷ついた粘膜を修復しようと細胞分裂が常に活発になるため、傷ついた遺伝子を持つ異常な細胞が増えやすくなる。この悪循環の結果、胃がんがその炎症部位で発生すると考えられている。日本の胃がんの90%以上は、ピロリ菌感染が原因とされている。
2)肝臓がん(ウイルスによる慢性肝炎)
* 炎症の原因: B型肝炎ウイルスまたはC型肝炎ウイルスの持続的な感染。
* 慢性炎症: ウイルスを排除しようとする免疫反応が長期間続くことで、肝臓の細胞が破壊と再生を繰り返し、慢性肝炎や肝硬変へと進行する。
* 発生するがん: 肝細胞がん。
胃がんと同様に、慢性肝炎の現場では活性酸素によって肝臓の細胞の遺伝子が傷つけられる。さらに、絶え間ない細胞の破壊と再生が繰り返される中で、このプロセスが、肝細胞がんの発生に直結する。すなわち、肝臓がんは慢性炎症の部位に発生する
3)大腸がん(潰瘍性大腸炎・クローン病)
* 炎症の原因: 潰瘍性大腸炎やクローン病といった炎症性腸疾患(IBD)。これらは、免疫システムが自身の腸の粘膜を誤って攻撃してしまう自己免疫疾患の一種と考えられている。
* 慢性炎症: 大腸の粘膜で、原因不明の炎症が長期間にわたって続く。
* 発生するがん: 大腸がん。
炎症性腸疾患の患者は、そうでない人と比べて大腸がんのリスクが数倍高いことが知られている。長引く炎症によって大腸の粘膜細胞の遺伝子が傷つきやすく、がん化が促進されると考えられている。
これらの事例は、特定の場所で「火事(炎症)」がくすぶり続けると、そこから「がん」という新たな火の手が上がる危険性が高まることを明確に示している。